戦後(朝鮮戦争時)の警戒警報、灯火管制 ~ 福岡県警察史

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平成11年04月15日 衆議院 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会
[037]
民主党 伊藤英成
民主党の伊藤英成でございます。

きょうの朝、冒頭に昨日の地方公聴会の報告がなされました。私は第一班の福岡に委員長ともども参加したわけでありますが、昨日の地方公聴会も踏まえながら、いろいろとお伺いをしたいと思います。

まず、昨日、地方公聴会で陳述人から「福岡県警察史」という資料について紹介がありましたので、概要といいましょうか要点だけちょっと申し上げたいと思うのです。実は、今私たちはこのガイドライン関連法案を審議しているわけでありますが、そうしたものを考える意味で非常に参考になるのではないか、こういうふうに思うものですからちょっと紹介をしたいのですが、これは、朝鮮戦争が勃発したときに福岡の地の辺でどういう状況だったかということについて記述されているわけであります。

ざっと、ここはというところだけ申し上げますと、まず朝鮮戦争が勃発したことについて、「昭和25年6月25日午前4時ごろ、突如、朝鮮を南と北に分割している北緯38度線の全線にわたって戦闘が開始された。 北朝鮮の軍隊は11か所で38度線の境界を突破、南へ向って進撃した。」

そして、さらに幾つか文章がありますが、「午後1時30分、韓国軍が夜中に38度線を越えて北朝鮮に侵入したと報道した。」

そして「6月30日、アメリカ政府は朝鮮への地上軍の派遣を決定し、在日アメリカ軍4個師団は次々に朝鮮へ移動したが、すでに28日には韓国の首都京城は陥落していた。」

そして「一方、中国政府はアメリカ軍を主力とする国連軍の38度線突破を、中国の安全に対する重大な脅威だと警告し、まもなく義勇軍を投入した。11月25日反攻を開始、国連軍に大打撃を与え、やがて38度線に達した。」という記述がずっとありまして、そして最後のところに「かくて、ようやく28年7月27日休戦協定が調印された。」こういうふうに、まず概況が書いてあります。

そして、その前線基地の福岡の辺のことについて書いてあるのですが、板付空軍基地では29日午後10時15分警戒警報が発せられて、灯火管制下に戦闘機が飛び立つなど基地は緊張に包まれた云々というのがあります。

そしてまた、米軍当局は警報発令と同時に万一を考えて、数台の拡声器つきトラックを福岡市内に出動して、市民に警告を与えた。

それから、国籍不明機が海岸に近づいたために、西日本の4都市、これは小倉、戸畑、八幡、門司の4都市に警戒警報が発令され、灯火管制が実施された。

それから、対馬、朝鮮海峡を隔てた一衣帯水の朝鮮半島で起こった朝鮮戦争は、さまざまな形で、最も近接した福岡に影響を与えた。

そして、福岡市の中心部では、板付基地や博多港埠頭と荒戸町の米軍ホスピタルとの間を、昼間でも赤ランプをつけて戦場から送還されてきた戦傷病兵を運ぶトラック群を停戦の日まで連日欠かさず見ることになった。博多港が朝鮮半島への重要な輸送基地であったこともあって、極度の緊張に包まれた。博多港埠頭を基地とし、前線の増強兵員と多量の兵器弾薬が続々と発送され、ために埠頭一帯はたちまちにしてこれらが山をなし、倉庫は充満、兵員の波があふれるようであった。

そして、埠頭は兵員輸送、兵器弾薬の運送、LST型輸送船、病院船の着岸乗降積載と、陸も海も芋を洗うがごとき状況を呈した。

そして、芦屋、福岡、小倉などはいわゆる基地の町と化したというようなことが、今、私はほんの一部を読ませていただいたのですが、これは「福岡県警察史」、こういうものでございますが、このように報告をされております。もちろんこれは朝鮮戦争のときの状況でありますが、いざ北朝鮮有事といいましょうか、そうしたときには、ある意味では似たようなといいましょうか、参考とすべき話はあるのかもしれない、こういうことを思うものですから申し上げました。



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