岡田克也「日本は普通の国になるな」

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平成13年05月15日 衆議院 予算委員会
民主党(民進党) 岡田克也
私は、武力行使、集団的自衛権というのは武力行使するということであります。これは、憲法9条の根幹の問題であります。

私は、基本的に、今までの解釈の積み上げ、これは非常に大事だというふうに、そこは総理もおっしゃいましたけれども、思っておりまして、もし集団的自衛権というものを一般的に憲法が認めているという考え方、解釈に立ちますと、じゃ憲法9条の存在価値は何だろうか。それは、結局侵略戦争を禁じているにすぎないということになる。そうすると、日本の憲法というのは、いわば手を縛ってきたわけです。みずからの手を縛ってきた。そのことをいわば否定することになってしまう、こういうことだと思います。

それはそれで一つの我が国の選択かもしれません。普通の国になる。しかし、それを解釈改憲でやるのは私は絶対反対であります。もし必要であれば、それはきちんと議論して、国民的理解を得て憲法を変えるということなら、それは可能性としてはわかりますが、憲法の解釈でそこまで認めてしまうということは私はあり得ない、そういうふうに思っておりますが、そこの基本認識は総理は同じだと考えてよろしいでしょうか。





平成25年10月22日 衆議院 予算委員会
民主党(民進党) 岡田克也
憲法9条の中でも、私は、国連の集団安全保障措置について少し解釈を広げるとかそういうことは、あるいは議論の余地があるのかなとは思うんですけれども、集団的自衛権というところまで認めてしまう、憲法上はそれはあり得るんだ、あとは法律で縛ればいい、そういうふうに考えてしまうと、日本国憲法9条が禁じている武力行使というのは一体何なのか。それは、結局、侵略戦争を禁じているにすぎないということに論理的になるんじゃないでしょうか。それは、では、ほかの国の憲法とどこが違うんですか、普通の国になるということですかということになるわけですね。

憲法解釈の変更を一内閣で行って、憲法9条の根幹である武力行使について変えてしまうというのは、いわば憲法9条を、全く意味を変えてしまうわけですから、それは、私は立憲国家としてやるべきことではないというふうに考えるわけです。

もう一回お答えいただきたいんですが、もしここの一、二を、国連の安全保障と集団的自衛権を認めたときに、憲法9条の意味はどこにあるんですか、侵略戦争を禁じている以外の何か意味があるんですかということについて、お答えください。





平成27年06月26日 衆議院 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会
民主党(民進党) 岡田克也
総理、手続を聞いているんじゃなくて、党として立派に出された自民党の憲法改正草案について、憲法草案9条についてお尋ねしているわけです。その中で、自衛権の行使については限定をつけておられませんねと。それはそのとおりですよね。ということは、違法な戦争はしない、だけれども集団的自衛権の行使は基本的にフルスペックでできるようになるということになると、いわば普通の国になるということだと思うんですね。普通の国になる。

我々は違うんですよ。やはり、海外における武力行使、これについて抑制的に考える。今の憲法の平和主義、これをしっかりと守り抜いていく。もちろん、現実の中で解釈が将来的に少し変わることはあるかもしれませんが、基本的に私たちは、海外における武力行使をしない、この考え方の中で物事を考えていく。

その憲法の平和主義を守り抜いていくという私たちの立場と、普通の国を目指す自由民主党の立場と、どちらをとるかという、この法案はそれ以前の問題、その手前の問題ですから直接は関係ありませんけれども、やがて目指す方向というのはそのどちらをとるかという、そこを視野に置いて議論されている問題だ。だから、国民の皆さんから見たときに、一体どっちの道を選ぶんだということが今問われているということを申し上げておきたいと思います。



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